<音について語ろう>新シリーズ開始 「老後と休符」

子どもの頃、週の始まりは月曜日だと信じていた。保育園に始まり学校を終えて社会人として過ごした日々も、常に月曜日が週のスタートであると感じていた。特に高度経済成長期やバブル崩壊の時代を週休一日で乗り切ってきた世代としては、日曜日を週の終わりと感じ、疲れた身体と頭を休め、月曜日からの仕事に備えるのが常であった。
しかし、ある時ふっとカレンダーを見て、週の始まりが日曜日となっていることに気付いた。おかしな話ではあるが、日曜日という休日が週のスタートになっているのが理解できなかった。今でもその経緯は分からない。日曜日はキリスト教では安息日と呼ばれ、ミサが行われる。そしてその行事に参加することが、ベースにあるのではないかと勝手に納得している。

 現役の時代には、あれほど夢見ていた定年退職後の自由な時間が、今目の前にある。朝起きて交通機関の乱れを気にする必要も無くなった。組織での人間関係に悩むこともない。一定の時間拘束されることもない。私は長い間音楽教育に携わって来たので、この与えられた長い休符の期間を、どのように過ごしていくのか? 先人の音楽家が休符に込めた思いやその意味を探り、さらなる人生を歩き続けるためのヒントを考えてみたい。

クラッシック音楽の世界では、バロック期を経て古典派(1750―1820)時代に「休符」という概念が音楽表現の大切な要素となってくる。特にウィーン古典派と呼ばれるハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンに、その表現における進化の過程を見ることが出来る。
それ以前はバロック期と呼ばれ多声部音楽(ポリフォニー)の時代であり、メロディ(旋律)の流れが途切れることはない。しかし古典派(ホモフォニー)に入り、メロディと伴奏パートに別れた音楽が創られ、音楽の流れが整理され簡潔になった。そして奏者全員が演奏を止め、曲中に音の無いさまざまな空間が生まれるようになった。

 初めて休符の表現に悩んだのはレッスンの課題となった、ハイドンの交響曲「軍隊」である。第一楽章の124小節から約3小節弱の間、奏者全員が休みとなる。時間にして3~4秒である。しかし、ただ意味もなく休んでしまうと、聴衆も驚き楽団員に嫌われ、ストライキをされている可哀想な指揮者と思われてしまう。
幸いにこの箇所は、フォルティッシモからピアニッシモへの移行期であり、「動」から「静」への転換点を示している。すなわち退職直後の状態である。呼吸を整え自分と静かに向き合い、これからやるべきことを整理する時間であろう。座禅の心境かもしれない。老後生活初期の段階である。

そしてモーツァルトでは、同じ休符でも使われている箇所によって、長くしたり短くしたりという物理的な時間に変化が表れる。さらに休符が、前後の音の余韻を伴い色彩的な変化を示すようになる。例えば、可愛さを表す少し短くはずむような休符、優しい音を支える柔らかい休符、力強さを強調する激しい長めの休符。このように色彩の変化に富む休符によって、メロディを豊かな流れへと導くことを可能にしている。
老後でいうと中期に入り、色彩豊かな日々を楽しみ、生活に工夫を凝らす時かもしれない。

次にベートーヴェンの交響曲第5番(ジャジャジャ・ジャ~ンで有名な)「運命」を見てみよう。この曲は、冒頭から8分休符で始まる。休符はこれまで平面的な流れの中に存在するものであったが、それを冒頭に記したことによって、立体的で空間的な拡がりをも示すようになった。これはベートーヴェンが音楽家として致命的な耳の病に侵され、次第に聴覚が失われていくという事実に正面から向き合って、休符の世界観や表現の可能性を拡大していったからであろう。
これまで欧米の指揮者は、時代小説風に表現すると、剣を正眼に構え静かな呼吸とともにゆっくりと大上段へ振り上げ、演奏者の気を一点に集中させた後、力強く振り下ろす。そこに強いエネルギーと緊張感を生じさせ、冒頭の8分休符を表現していた。ところがシカゴに滞在していた時にテレビの画像で観た、30代半ばの小澤征爾氏の指揮は全く異なるものであった。ゆっくりと静かに呼吸を静止させ、居合抜きのような構えから一気に振り出す指揮であった。そこからは若々しい律動感に満ちた音楽が流れ出していた。深い感動を覚えた瞬間であった。またこの楽章の終結部では、メロディと休符のパターンを変え反復しながら、緊張感みなぎる力強い終わり方を見せている。
 ボン市にあるベートーヴェン研究所の研究員の方から直接伺ったことであるが、「この曲が初演された1808年には、耳の病気がかなり悪化して、既に聴覚が失われていたのではないか」という話であった。

 老後の後期は、身体の不調と体力の衰えが濃くなってくる時である。そのような負の状況の中で、生きて行かなければならない。夢窓国師は、「老いは四苦八苦の中で一番厳しい。疎外感から生まれる孤独感がそれだと。」と言っている。そして志しを持ち続けることの大切さを示唆している。ベートーヴェンは、最後に作曲した交響曲第9番「歓喜の歌」で、病に侵されながらも強い信念に支えられながら生きてきたことに感謝する、「人間賛歌」の歌で生涯を締めくくっている。そして長い休符の世界へと旅立って行ったのではないかと夢想している。
                

谷口雄資(音楽教育)

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